言葉でたたかう技術 日本的美質と雄弁力 加藤恭子著

日本人同士なら、何となく分かり合えることでも、外国人には通用しない、ということは良く起こります。その根底には言葉に対する考え方の違いが横たわっているのです。それを乗り越えるには、欧米型の弁論術を知り、使いこなす必要があります。日本人が欧米型の弁論術を身につける必要とその方法を説いた、おすすめの本をご紹介しましょう。

◆『言葉でたたかう技術 日本的美質と雄弁力』
本書は、日本人女性が戦後のアメリカに単身で渡り、数年間で身につけた、アメリカ人との口論に負けない「雄弁力」について語る本です。
ただし、単なるノウハウ本ではなく、著者が過ごしたアメリカでの生活体験にも多くのページが割かれており、日本人の美徳も大切に考えられています。
現代のアメリカ留学とは違う、祖国とは大きく異なる環境で言葉の技術を磨いた著者ならではの体験談、弁論術が盛りだくさんの、思わず引き込まれる本となっています。

◆戦後のアメリカ留学とは
本書は、第一章から、若い夫婦のアメリカ留学の苦労が語られています。著者はメイドとして住み込み、夫は季節労働者として働きました。アメリカの住み込み先に着いた途端に、アメリカ流の家事、日本人に対する蔑視とも取れる態度など、壮絶な出来事が次々に起こります。

この部分は、現代の若い世代にとっては、初めて耳にすることばかりではないでしょうか。日本人がまだ戦後の復興期にあり、欧米とは生活水準も考え方もまったく違う中で留学するということは、筆舌に尽くせない苦労がありました。

現代の日本人が理解している欧米の思考には、この頃の日本人に対する見方、容赦ない弁論術の使われ方が背景としてあるのです。これから欧米の文化を学ぼうとしている人、仕事で欧米のビジネスマンと渡り合おうとしている人、すべての若者に知っておいてほしい欧米文化の背景を、本書から読み取ることができるでしょう。

◆日本人が持つべき弁論術
著者は、アメリカに渡った当初、くやしいことがたくさんあっても反論できなかったと言います。その理由は、議論のやり方がわからなかったから。
議論や交渉の際に使われる、欧米人の論理やルールをまくしたてられて、沈黙するしかなかったそうです。

第一章での著者の留学体験に続き、第二章では、英語をまともにしゃべれない状態でアメリカ人の家に住み込んで働き始めた著者が、アリストテレスの『弁論術』に出会い、議論の方法を身につけていきます。

アリストテレスの弁論術の奥義とは、「言論による説得には3つの種類がある。第1は語り手の性格に依存し、第2は聞き手の心を動かすことに、第3は証明または証明らしくみせる言論そのものに依存する」というものです。

これは、たとえ真実でなくても真実らしく説得できれば良いということにもなります。実際、意見が対立する時には、何を真実と考えるかで、意見が変わってきます。
それを日本人は感情論にすり替えがちですが、欧米の弁論術を学べば、スキルによって自分の意見を理解させ、納得させることができるのです。

第三章は、日本人の美徳と、それがアメリカで弱点となる側面を描き出しています。顔の表情についても、さわやか笑顔から、次の瞬間に厳しい表情に変える術など、日本人には苦手だけれど、できるようになると役立つコツも披露されています。

第四章でも、著者のアメリカでの体験談が続きます。実例が挙げられており、日本人が欧米人と対等に議論する方法が分かります。

第五章では、日本の現状に疑問を投げかけ、未来のために今できることが綴られています。発信力をつける、主張を繰り返す、日本的なものを発信する、など、著者の実体験から導き出された、日本の将来を見据えた主張には、強い説得力があります。

◆コンセプション・ギャップ
本書では、「コンセプション・ギャップ」というキーワードが使われています。これは、言い換えれば、「認識の違い」です。

最近の領土問題でも、「大陸」と「島国」の違いがあると、著者は指摘します。
著者によれば、日本人に必要なのは、違いが横たわっていることをはっきり指摘し、自分の主張の理由を的確に述べ、主張を繰り返すこと、ということです。
はっきり言わないのが美徳、何度もしつこく言うのは失礼、という発想は、相手によっては通用しないこともあるということをわきまえておかなければなりません。

日本人の良さを保ちつつ、欧米型の交渉術も身につけておかないと、国際的なトラブルに巻き込まれるリスクが高まるのです。実際に近年の国際情勢と、日本の置かれた立場を振り返れば、著者の言葉には説得力があります。

そして、このような弁論術は、国際社会だけでなく、仕事やネット上のやり取り、友人や家庭でのコミュニケーションでも多かれ少なかれ必要になるでしょう。日本人同士でもコミュニケーションの取り方が変化してきており、世代間でもこれまでの常識が通用しないことも起きています。
そんなさまざまなコンセプション・ギャップを乗り越えるには、本書における著者のバイタリティあふれる体験談と、実用的な弁論術のエピソードが役に立つはずです。

◆まとめ
著者は、日本人の伝統的な考え方、行動の仕方を否定してはいません。むしろ、ダブルスタンダードで良いから両方の方法を身につけ、必要に応じて使い分けることを推奨しています。著者自身が、そのようにして生きてきたとも言えると思います。

本書は、著者の実体験から書かれているので、ただ欧米型の弁論術を学ぶだけではなく、日本人としてどのように使っていけば良いのか、ということまで示唆されています。日本人が、異なる常識を持つ外国人と上手に渡り合うにはどのようにすれば良いのか、実践的なヒントを教えてくれる本と言えるでしょう。

◆本書の構成
第一章 アメリカでのけんか修行
第二章 アリストテレスの弁論術
第三章 日本人の美点と弱点
第四章 外国人との交渉術
第五章 日本の未来のために
あとがき
参考文献

◆加藤恭子略歴
著者の加藤恭子は、1929年東京生まれ。早稲田大学仏文科を卒業し、ワシントン大学大学院修士課程修了、早稲田大学大学院仏文科博士課程満期退学しました。
ワシントン大学研究助手、マサチューセッツ大学特別研究員、上智大学講師、同大学コミュニティ・カレッジ講師を務めた後、地域社会研究所理事、第一生命顧問となりました。

中世フランス文学者、評論家として、著書、共著書、翻訳書、多数があります。
受賞歴は、著書『日本を愛した科学者 スタンレー・ベネットの生涯』で日本エッセイストクラブ賞受賞、共著書『ヨーロッパ心の旅 異文化への道しるべ』でヨゼフ・ロゲンドルフ賞受賞、「昭和天皇「謝罪詔勅草稿」の発見」で文藝春秋読者賞受賞。
夫は発生生物学者の加藤淑裕、娘は教育学者の恒吉僚子。